機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

 ※ネタバレあり


 富野由悠季原作、「虐殺機関」の村瀬修功監督、サンライズ制作の劇場作品。95分。

 正直にいえば、ガンダムユニコーンやガンダムNTくらいのクオリティを想定して劇場に向かい、いい意味で完全に裏切られたのだった。

 大まかに分解するとMS戦とドラマの部分があるけれど、MS戦はとくに序盤が印象的。個人から見たモビルスーツの戦いは戦争映画的な、被害者になる市民と戦争という巨大な暴力の構図に似ているけれど、ハサウェイという加害者側でもある存在によって中和されたのか(あるいは被害を受けた市民というのが連邦の高官であり、やはり戦争を制御する側だから)あまりそういった視点でもなく、またモビルスーツもキャラクター的な表情のつけかたがなくて(これはフルCGの影響もあるだろう)巨大な機械が飛び交い戦っている状況に地上の生身の人間が巻き込まれるといったシーンが続く。市民に関心も危害を加える躊躇がない点は、ペーネロペーの描写も相まって怪獣映画的な雰囲気もある。

 戦争に巻き込まれる無辜の民、といった描写は普通ありがちだけれどされていないのが過剰に情緒的にならず映像のソリッドさを支えているけれど、そうなったのは感情的な善悪論が不要だからだろう。己をある程度客観的に認識しながらも亡霊に囚われているハサウェイの物語には、余分なことなのだ。

 ドラマの描写は、村瀬監督は元々人物描写は巧みなので不安はなかったのだけれど、インタビューなんかを読んでいると人物をあまり視聴者の目線に寄せすぎない手法はうまく働いている。キャラクターを表現するとき、視聴者にどれだけ近づけるかというのがよく歴史ドラマで問題になりやすい。現代人の我々の感覚に近づけると表現したい人物像からは離れ、主題は遠のいていく。ハサウェイは分裂した内面を持つテロリストであり、ギギは図抜けた洞察力と美貌に極端な子供っぽさを併せ持つ富豪の愛人だ。“我々”の感覚からはほど遠い人物像を、無理に理解しやすくせず描写を丁寧にしてあとは視聴者に委ねたというのは正解で、その上でキャラクターとして成立させた演出と演技は素晴らしい。

 キャラクターの描写とは基本的に出来事と反応の繰り返しで、恋愛と戦争というふたつの事態が交錯する舞台は描写する場面には事足りている。ハサウェイの内面はこれからクローズアップされるのだろうが、ギギとケネスのキャラクターとしての描写は十分に感じた。

 こういったロボットアニメや、あるいは日常も挟まる戦争映画で、しかも主人公であるハサウェイはラブロマンスを戦争に持ち込みはしない。となると異なる2つの要素が分離したように感じることが多々あるけれど、カラーコードまで使用したというシーン設計と巧みな音楽の演出が一本の映画にまとめあげていて、ふたつの要素がひとつの物語を構成するパーツであると感じられるのもまた、緻密な作業と技術の成せる技、という印象だった。