繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史

 マット・リドレーは進化心理学について知る入り口になった「赤の女王」を書いた人物で、研究者ではなく科学ジャーナリストサイエンスライターといったほうが語感としては正確かも知れない。(日本語のジャーナリストは問題提起する人というニュアンスが強すぎるが、彼は新しい科学的知見を紹介することを生業としている)

 

 今回は感想というより印象に残った部分をちょっと書いておく。元々自分用のメモなので。

第1章 より良い今日――前例なき現在

 われわれの生活は過去に比べて確実に豊かになっている、という再確認。前提の章。

第2章 集団的頭脳――20万年前以降の交換と専門化

 「すなわち彼らは、血縁者でも配偶者でもない相手と、はじめてものを交換し始めたのだ。だから、ナッサリウスの貝殻が地中海から内陸部にまで至った。その結果、専門化が起きそれがテクノロジーの革新を引き起こし、そのせいでさらに専門化が促進され、交換がいっそう盛んになった。こうして「進歩」が生まれた。」

「「僕が服を作るから、君は食べ物を捕まえてくれ」という交換なら、将来性がある。そのうえ、すばらしい特徴がある。公平である必要すらないのだ。物々交換が成立するには、両者が同じ価値のものを提供しなくてもいい。交易は釣り合いが取れていないことが多いが、それでも両者が得をする。この点をほとんどの人が見落としているようだ。」

「道具は分業の程度を見極める事実上の目安となる。そして、アダム・スミスが主張した通り、分業は市場の規模によって制限される。」

 第3章 徳の形成――5万年以前の物々交換と信頼と規則

「かつて、「アダム・スミス問題」と呼ばれるドイツの哲学的難問があった。それによれば、アダム・スミスの二冊の著作のあいだには矛盾があるという。スミスは、一冊では人間には本能的な思いやりと善良さを与えられていると書きながら、もう一冊では、人間は本能的な利己心に衝き動かされていると述べているのだ。」

「商業と徳は直結している。イーモン・バトラーは次のようにいう。「市場システムは悪徳にはほど遠く、利己主義を有徳のものに変える」」

「定収入労働者は金持ちよりも所得のずっと多くの割合を有意義な運動に寄付するし、その割合が生活保護を受けている人の三倍に当たることは特筆に値する。マイクル・シャーマーが述べているように、「慈善にとっての壁は貧困ではない。生活保護なのだ」。自由を擁護する傾向にある人のほうが、社会主義を信奉する人よりも気前が良いことが多い。貧しい人の面倒を見るのは政府が税金を使ってする仕事だと考えるのに対して、自由主義者はそれは自分たちの義務だと考える。私は市場が慈善の唯一の源だと言っているわけではない。明らかに違う。宗教やコミュニティも慈善行為をする動機をたっぷり与えてくれる。だが、市場が利己主義を教えて慈善事業を台無しにするという考え方は、完全に的外れだ。市場経済が栄えるときには慈善行為も盛んになる。ウォーレン・バフェットビル・ゲイツに訊いてみるといい。」

第4章 90億人を養う――1万年前以降の農耕

 「一六〇九年、ヒューロン族が首尾よくモホーク族を襲撃するのに同行した(そして自分の火縄銃で手を貸した)サミュエル・シャブランは、味方が捕虜を生贄にする一部始終を見ていなくてはならなかった。ヒューロン族は、たき火から引き抜いた燃え盛るたきぎで捕虜の胴体に焼印を押し、捕虜が気を失うと手桶の水をかけて意識を取り戻させる。それを夕暮れから夜明けまで繰り返すのだ。日が昇ったときにはようやく、しきたりにのっとって捕虜のはらわたを抜き、その肉を食べる。不運な人身御供はその過程で徐々に息絶えていった」

 この章は農耕の始まりに触れているけれど、「なぜ人類は効率が悪い初期の農耕へと移行したのか」という問いに前章の内容で仮説が立てれる。つまり、技術と知識の蓄積、専門化と生産物の交換という人類だけの特性に農耕が合致したというものだ。そして農耕は初期こそ失敗も多くあって、飢えて狩猟採集生活に戻ることもあったけれど、うまく継続でき知識が蓄積されるようになると確かな発展へと繋がった。

「一九〇〇年以降、世界の人口は四〇〇パーセント増加したが、農耕地の三〇パーセント増に対し、平均収穫高は四〇〇パーセント、穀物の総収穫量は六〇〇パーセント増えている。そして一人あたりの食糧生産は五〇パーセント向上している。化石燃料のおかげでもたらされた吉報だ」

 第5章 都市の勝利――5000年前以降の交易

四大文明を比較すると都市が誕生する理由が浮かび上がるが、ペルーの古代都市カラカルには不可解な特徴が3つある。「穀物が存在していなかった」「土器をいっさい作らない先土器文明だった」「戦争や防衛工事の痕跡がなかった」ただ公益ネットワークの中央に位置したために大都市が形成されたと見ている。つまり、優れた指導者や余剰農産物が都市革命を起こしたのではなく、公益のおかげで農耕民は専業化を進めることができ、その統治者として皇帝が誕生する。

フェニキア人の二段櫂ガレー船が地中海に交易ネットワークを誕生させた。船はレバノンで、キプロスのマツでできたた甲板とヨルダンのオークでできた櫂を備えて作られ、エジプト、アナトリアクレタメソポタミアなどで交易を行った。

・中国は世界で唯一、一九五〇年のGNPが一〇〇〇年前のそれより低かった地域らしい。この章の主張でもあるが、中国の盛期は国が分裂していたときに起こっている。周王朝三国時代五代十国。現代の発展も地方で起業する自由を与えられた政府機関の登場が大きい。強く大きな政府は決まって官僚主義と独占、計画経済を行いたがるが、これは経済発展を阻害する。

「歴史が伝える教訓は明々白々だ。自由交易は相互の繁栄を生むが、保護主義は貧困を生む。」

・日本が植民地を求めたのも世界恐慌を理由と推測している。世界経済が2/3にまで縮小した世界恐慌では各国が安い輸入品から国内生産者を守るために保護主義的な関税を課し、人口が急増するにも関わらず輸出先を失った日本は貿易先としての植民地を求めた。

「現代のインド人女性に、なぜ故郷の村を出てムンバイのスラムに行きたいのか、訊いてみてほしい。生まれ故郷の村では、無給のつらい仕事をしなくてはならず、家族の監視に息がつまりそうで、しかも働くのは過酷に照りつける太陽の下か、モンスーンの土砂降りの雨の中。そこから逃げ出すチャンスなのだ。」

第6章 マルサスの罠を逃れる――1200年以降の人口

・1600年代の日本は紙、織物、武器の製造業が強く輸出も行っていた。しかし経済は農業が中心で、羊やヤギ、たくさんの豚が飼われ、鋤を引く馬や牛もいた。ところが1800年代までに家畜は事実上消えてしまった。軍馬に乗って戦っていたはずが荷を引かせるための動物さえいなくなり、牧草地もなかった。

 これは生産性が非常に高い水田によって人口が急増し、安価な労働力によってより水田を作ることができるようになり、貴重な農地を牧草地にするより水田を作ったほうがより多くの人口を養える状態に陥ったためである。

・この章の論旨は「マルサスの罠」、つまり経済が悪化すると自給自足生活に戻り、それがより生産性を低下させ貧しくなる悪循環からいかに脱出するかにある。そしてそれが最初に行われたのがイギリスだった。

・中国の出生率一人っ子政策がなくとも同じ程度下落していた可能性がある。出生率ボトムアップの理論であって政府の政策がもつ効力は極めて低い。

出生率の低下を起こしたものはなんだろう。ひとつは子供の死亡率が低下したため多産である必要がなくなった。そして豊かになれば手間がかかる消費財である子供よりも多くの娯楽を手に入れられる。女性解放は女性が自己決定すると多くの子供を欲しがらなくなるため大きな影響がある。子供を生み育てるのに向かない都市化も原因だろうか。ただしどれが原因であると確固たることはいえないらしい。

第7章 奴隷の解放――1700年以降のエネルギー

「私が言おうとしているのは、再生可能でない、地球に優しくない、クリーンでないエネルギーに頼るようになってあじめて、経済成長が持続可能になった、ということだ。ウルク以来、歴史上のあらゆる経済発展は、木材、農耕地、牧草地、労働力、水、泥炭のような、再生可能なエネルギー源が枯渇したために破綻した。」

 ・化石燃料がなければ、アメリカの現在住んでいる三億人に現在の需要エネルギーを供給するためにスペインの広さのソーラーパネルが必要になる。風力発電ならカザフスタンと同じ面積が、水力なら全大陸をあわせた面積の三分の一より広い貯水池のある水力発電用ダムが必要になる。

原子力発電と比べて風力タービンには一ワットあたり五倍から十倍のコンクリートがと鉄鋼が必要であり、舗装道路や高架線は言うまでもない。」

「文明は、生命そのものと同様、つねにエネルギーを獲得する必要がある。つまり、繁栄する種はほかの種よりもすばやく太陽エネルギーを子孫に変換する種であり、同じことが国家にも言えるのだ。」

第八章 発明の発明――1800年以降の収穫逓増

 ・科学者のトップダウンの発明は産業革命においてほとんど何の役割も果たしておらず、重要な発明をしたのは職人たちだった。

イノベーションはたしかに資金という要素が重要だが、どうしても欠かせないものでもない。もっとも企業精神に富んだ経済環境下ですら、イノベーターに流れる資金は限られていた。」

「現代経済を動かしているイノベーションは、その命脈を主として科学、資金、特許、政府につないでいるわけではない。それはトップダウンのプロセスとはまったくの別物だ。私はこの謎を解く鍵はたったひと言で表すことができると考えている。「交換」だ。」

「したがって拡散効果――他者があなたのアイディアを盗むという事実――は、発明家にとってはたまたま起きる厄介な欠点などではない。それがイノベーションの真骨頂なのだ。」

「それにもかかわらず、イノベーションには終わりがないというのに、なぜ誰もが未来を悲観しているのだろうか。」

第九章 転換期――1900年以降の悲観主義

・世界は悪くなっている、という主張に対する章。グローバリズム、テクノロジー個人主義が世界が最悪な状況である原因であるという主張は、気高いインテリ層が変化の早い環境と猛烈なビジネスマンに恐れをなしたためであるとしている。

第十章 現代の二大悲観主義――2010年以降のアフリカと気候

「二人は援助によって経済が成長した証しのある国を見出すことはできなかった。皆無だった。」

「(ボツワナについて)この国が繁栄をきわめたのは、アフリカの他の国や地域に比べて、族長や盗人に取り上げられる懸念なく国民が財産を所有していたからだった。」

 

 

 

 

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