書くことについて/スティーブン・キング

書くことについて (小学館文庫)

 

書くことについて (小学館文庫)

書くことについて (小学館文庫)

 

 

 言わずもがなの大小説家、 スティーブン・キングが小説を書くことについて、技術的な方法論よりも小説家としての意識のあり方について語った本。

履歴書

「自叙伝ではない。どちらかというと履歴書に近い。ひとりの作家がどうやって自分をつくりあげていったかということである。」

スティーブン・キングが幼少期について語っている。母が仕事と住居を転々としていたこと、貧しく年相応に活発な子供であったこと、多くのことを観察し、身を以て経験したこと。

「ここでひとつはっきりさせておこう。小説に関するかぎり、アイディアの集積所も、ストーリーの中央駅も、埋もれたベストセラーの島も存在しない。いいアイディアは、文字通りどこからともなく湧いてくる。あるいは、虚空から落ちてくる。太陽の下で、ふたつの無関係なアイディアが合体して、全く新しいものが生まれることもある。我々がしなければならないのは、そうったものを見つけ出すことではない。そういったものがふと目の前に現れたときに、それに気づくことである。」

・教師への当てこすりだらけのアングラ校内新聞を作ったスティーブン少年は教師のひとりとひどく対立し、停学になりかけたらしい。

「グールドはほかにも含蓄のある言葉を口にした――ドアを閉めて書け。ドアをあけて書き直せ。言いかえるなら、最初は自分ひとりのものだが、次の段階ではそうではなくなるということだ。原稿を書き、完成させたら、あとはそれを読んだり批判したりする者のものになる。」

 ・校務員のアルバイトをしていたときに女子用ロッカールームの清掃を経験し、後に女子高生のシャワーを想像して「突然生理になって混乱し、周囲に囃し立てられタンポンを投げつけられ、悲鳴を上げてパニックになる女子生徒」というイメージが浮かび、テレキネシスは思春期の女性が主として有する能力らしいという知識が結びついて、長い推敲の末に「キャリー」となった。

・微妙に気になったのが、過去の他人の心理について断定的に語っていることだ。作家の直感か、性格の問題か、それとも翻訳に理由があるのだろうか。

「人生は芸術の支援組織ではない。その逆なのである。」

書くこととは――

「動機は問わない。だが、いい加減な気持ちで書くことだけは許されない。繰り返す。いい加減な気持ちで原稿用紙に向かってはならない。

 恭順を求めているわけではないし、疑問を抱くなと言っているわけでもない。偏見をなくせとも言っていないし、ユーモアのセンスを捨て去れとも言ってない(むしろ、大いに持っていてもらいたい)。それは人気投票ではない。モラルのオリンピックでもなければ、礼拝式でもない。ものを書くことは、車を洗ったり、アイラインを引いたりするのとは違う。あなたがこのことを真摯に受け止められるなら、話を続けよう。でなかったら、この本を閉じて、ほかのことをしたほうがいい。

 例えば車を洗うとか。」

道具箱

「ものを書くとき、自分の力を最大限に発揮するためには、自分専用の道具箱を作って、それを持ち運ぶための筋肉を鍛えることである。そうすれば、何があってもあわてふためくことなく、いつでもしかるべき道具を手にとって、ただちに仕事にとりかかれる。」

・動詞の使い方には能動態と受動態の二種類があるが、受動態は極力避けたほうがいいというのが氏の主張。「書き手が受動態を好むのは、臆病な人間が受動的なパートナーを好むのと同じだ。受動態は安全なのである。」

「英語とその類縁たるアメリカ英語は基本的に単純だが、この単純さが曲者なのだ。最善をつくしていただきたい。そして、どうか覚えておいていただきたい。福祉を使うのはひとの常、“彼は言った”、“彼女は言った”と書くのは神の業である。」

「書くという作業の基本単位はセンテンスではなく、パラグラフだ。ここで干渉作用が始まり、言葉は言葉以上のものになる機会を得る。内側から何かが動き出す瞬間があるとすれば、このパラグラフのレベルにおいてである。」

書くことについて

「本書の確信に迫るための基本命題はふたつある。どちらも単純明快だ。ひとつは、いい文章は基本(語彙、文法、文章作法)をマスターし、道具箱の三段目に必要なものを詰めていく作業から生まれるということ。もうひとつは、三流が二流になることはできないし、一流が超一流になることもできないが、懸命に努力し、研鑽を積み、しかるべきときにしかるべき助力を得られたら、二流が一流になることは可能だということ。」

「読むことが書くことより重要なのは、それによって書くことに親しみを覚え、書くことが楽になるということである。これで、あなたは記載漏れのない資格認定書と身分証明書を持って、作家の国へ移り住むことができる。」

「われわれがいま話しているのは、創造的な睡眠のことだと考えていただきたい。寝室と同様、書斎は夢を見ることができるプライベートな空間だ。毎日ほぼ同じ時間に書斎に入って千語書くのは、毎晩ほぼ同じ時間に就眠儀式をしてからベッドに入って眠るのと同様、それを習慣化し、夢を見るためである。」

「私の考えでは、短編であれ長編であれ、小説は三つの要素から成り立っている。ストーリーをA地点からB地点へ運び、最終的にはZ地点まで持っていく叙述、読者にリアリティを感じさせる描写、そして登場人物に生命を吹き込む会話である。」

・氏はプロットに重きを置いていないらしい。理由は、人生には筋書きがないからと、プロットを練ることとストーリーをが自然に生まれることは相反するからだそうだ。

・プロットを作る作品もあるが、やはり「もし~が○○だったら?」という仮定で言い表せるらしい。加えて、プロット主導の作品は失敗が多いとも。

 「ストーリーテリングにおける誠実さは、文体上の多くの欠陥を補って余りある。」

 「よくできた会話は登場人物が利口か馬鹿か、正直か不正直か、気さくか生真面目かといったことを明示する。」

・上記の件は例文が書かれているが、利口と馬鹿の会話は「会話とは情報の格差によって成立する」という小説家の発言を思い出させる。

 「公序良俗軍団に気がねして、“糞ったれ”を“まあ、大変”に書き換えるのは、書き手と読み手のあいだに成りたっている暗黙の契約に違反することにほかならない。」

「この短い講釈を終えるにあたって、一言だけ警告しておきたい。なんらかの問題意識やテーマにもとづいて書くというのは、駄作のレシピである。優れた小説は必ずストーリーに始まってテーマに終わる。」

後書き 生きることについて

・書くことが楽しみであることと苦痛を逃れる手段であることが共存している。

「ものを書くのは、金を稼ぐためでも、有名になるためでも、もでるためでも、セックスの相手を見つけるためでも、友人をつくるためでもない。一言でいうなら、読む者の人生を豊かにし、同時に書くものの人生をも豊かにするためだ。」