コードギアス 亡国のアキト 1~5

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 視ていなかったのでこの機会にと視聴。

 作画はいい。CGアクションはデザインの情報量が多くてちょっと分かりづらい。映像作品のアクションの評価についてはシナリオが求めているものを表現できているかも重要なポイントで、そのシナリオがよろしくないので「よく動いていた」という部分はいえるけどそれ以上は難しい。戦闘シーン自体は多いけれどやや単調だったかも。(意図が明確なランスロットのシーンは出来がよかったけど)

 シナリオを評価するのは難しい。難点が多くてクドクドといいだすとキリがないけれど、ちょっと一個に絞って考えてみようと思う。

 

 フィクションの登場人物は、大抵は我々と異なった環境で育ち生きている。ましてや貴族であったり軍人ならなおさらだ。例えばレイラ・マルカルはイレブンを捨て鉢にする作戦に反発するが、不服ながら軍人という立場から了承し遂行していた。イレブンが差別される世界で軍人という経歴と彼女の性格が表現されたパートだと思う。

 しかし彼女は、主人公である日向アキトや他の隊員数名を失ったときは基地の防衛という指揮を放棄するほど憔悴していた。いくら若く経験が浅く、また主人公たちに思い入れがあったとしてもこれまで多くの部下を失ってきた人物とは思えない狼狽え方で、交友を深めるシーンはあったがそこまで精神的な支えであったり恋仲のような深い関係とまではなっていなかった。その描写を加味すると狼狽え方が過剰で彼女が、ひいてはこの世界の人々の感性がわからなくなる。

 一方、親しい人間が同時に数人無くなれば、我々なら、あるいは現実の十代の少女なら立ち上がれなくなるほどショックを受けてもおかしくないだろう。このシーンは我々に寄り添った表現ともいえる。

 こうしたキャラクターの軸のブレは、一箇所ならともかく頻繁に起こっている。意外性という理解ではおいつかないほどで、この世界の人々が何を考えてい何を重要視しているのかわからなくなり、キャラクターの理解(共感できなくていい)の困難さは「わからなさ」という退屈に繋がり飽きられる。

 設定も正直見ていただけではわからないが、設定がわからなくても面白い作品は幾つも存在する。ホモ・サピエンスの最大の関心事は人間の感情であり、それは異なった倫理観にいようとも一定の法則性があれば理解できる。理解できればその動き、葛藤や変化を楽しむことができる。

 むしろ「我々に近い」という価値観・倫理観の近さによる共感を捨てるべきだったのだろう。コードギアスTVシリーズのキャラクターたちが我々とかけ離れた価値観でありながら、彼らの葛藤や変化を面白いと感じたように。