コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー 1~5

コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー(1) (角川コミックス・エース)

 

 

 ゼロが筋肉モリモリマッチョメンなほうのコードギアス

 C.C.をイレブンの反乱軍が奪取してシンジュクゲットーで戦いになりルルーシュが死亡、ナナリーは謎の存在ネモとの契約によりナイトメアを召喚できるようになり、マッチョのゼロが現れて黒の騎士団を興す。黒の騎士団、ブリタニアのコーネリアやユーフェミアとその騎士スザク、ナンバーズのギアス部隊とナナリーが各々の思惑で戦って、といった感じ。

 5巻完結でストーリーはナリタ攻防戦までは本編に近いかたちで、そこからはギアスの力の源らしき存在や教団、シャルルの「優しき世界」の理想といった方面で展開されて、SFロボットものや政治要素よりもナイトメアのパイロットがギアスを駆使して戦う超能力バトルと魔術と百合が色濃い。

 というかストーリーの一部を百合で引っ張ってるくらい強めで、描かれた時代を加味してもなかなか先見性があったのでは。(今やったらもっと濃度の高い百合能力バトルになっていただろう)

 終盤はアニメに負けず劣らずの超展開で、シュナイゼルが根回しをしてユーフェミアがエリア11を領土にブリタニア皇帝になったりゼロと並んでシャルルを倒すと宣言したりしつつ、ラグナレクの接続とほぼ同じ展開でルルーシュとスザクの代わりにナナリーとその騎士アリスがいて問答を行う。

 この辺りはアニメと同じテーマを追っていて、結末も似通っている。相変わらずゼロは反逆と混沌の使者であり、完全な平和よりも戦争や差別があっても変化のある未来を望む。こちらではギアスを能力バトルの文法で捉えているので、ナナリーのギアス能力である未来視が「未来を望んでいる」という結論に繋がるなど設定との連動性もある。

 終盤で集合意識の神的存在は停滞するを死を迎えるため、(まどマギに登場したエントロピーの増大だ)混沌を生み出すためにギアスは存在していることが語られているけれど、これめっちゃ重要な設定なんじゃないだろうか……。

 

 ちなみにカレンと紅蓮弐式はあんまり活躍しない。(こっちは紅蓮の性能が相対的に低すぎて戦えない。しれっとランスロットアルヴィオンにアップデートされても紅蓮はモンスターマシン聖天八極式には改造されなかったし)