Fate/Grand Order -turas realta- 5~7

Fate/Grand Order-turas realta-(5) (週刊少年マガジンコミックス)

 

 

 オルレアンの終わりからオケアノスのヘラクレス戦まで。

 導入に近い黒髭戦、ハイライトであるヘラクレス戦、その前の戦いでのアステリオスの脱落が大まかな山場。主人公は人類を救うという大きな使命が課されているから、その場で誰かに感情移入して回り道になったとしても、基本的に命を賭け危険に身を投げ打つことはそう不思議ではない。逆に際立つのが「ごく小さなことを理由に命を賭け戦う」という(少年漫画にありがちな)動機。

 例えば傲慢な友人に汚名を着せないため奮戦するヘラクレスであり、名前を読んでくれたという理由で命を賭したアステリオスでもある。あるいは憧れが原動力となった黒髭もそうかも。(ヘラクレスとアステリオスは敵対しながら似た境遇なのもシナリオの計算の上なのだろう)

 

 不遇な人間が人として扱ってくれたことを理由に命を賭けるというのは若年層向けのコンテンツにわりとある類型のシナリオではあるけれど、何が好まれるのだろうか。

 近現代的な物語で怪物といえばまずあがるのが「フランケンシュタインの怪物」だけれど、フランケンシュタインでは怪物は自分の伴侶を作るよう博士に要求している。異形の怪物が理解者を求めるというのはアステリオスに近い。

 どれも特別な自分と特別な理解者という関係になっているけれど、そうでなければ理解者は「極端に平凡」というキャラクター付けがされるだろう。ここでは我々の生活によって生じる雑念が脱色されている。現代を生きる普通の大人が誰かと特別な関係を築くには障害や雑念が多すぎるし、何かに人生を賭けたりあるいは何もないほど平凡になれるほど平坦というわけでもない。

 若いというのは大抵しがらみを持たないので、特別な関係というものに大人より近いのだろう。それは心が純粋というより、社会の糸に絡め取られていないのだ。もちろん、偉人や神話の英霊はそれを断ち切って行動することもあるだろうけれど。

 

 

 神話や歴史のダイナミックさと個人の繊細な情緒はコントラストが生じるし、主人公と偉人の接点ともなる。ゲームのシナリオはうろ覚えだけれど、すでに話がある程度ある中で現代人の代弁者である主人公と英霊の結節点をつくり、そこを戦いの分水嶺に据える作者の手腕にずっと驚かされっぱなし。

 ちなみに僕は野蛮なので海賊の殴り合いのほうが好きです。