人形の国 5・6

人形の国(5) (シリウスコミックス)

 

人形の国(5) (シリウスコミックス)

人形の国(5) (シリウスコミックス)

 

人形の国(6) (シリウスコミックス)

人形の国(6) (シリウスコミックス)

 

 

 我々が普段つかうフェティッシュという言葉は、フロイト命名した「性的フェティシズム」を意味しているらしい。性的フェティシズムとは身体の一部や生命のない物体を愛情の対象とすることを指す言葉らしい。

 つまり、脚が4本ある機械人形やパイプの昆虫、無限に広がる地下構造体や凄まじい威力を持つ小さな銃を愛する僕たちのことだ。

 

 世界観が魅力といっても世界観の何を魅力的に思うのかいろいろあるけれど、弐瓶勉作品は性的と呼ぶのがもっとも近い快楽を伴う魅力が、作中世界に確かに存在している。5~6巻では巨大な裸の女性が直接的だけれど、同じ興奮を無限に続く地下世界や言葉を離す機械の昆虫みたいなのに感じる。

 

 フェティッシュという言葉は語源まで遡ると、

フランス語のフェティシュ(fétiche)から来ているが、この語はポルトガル語の「フェイティソ(呪符・護符 feitiço )」から転用された語で、更に遡ると、「製作する」という意味のラテン語の動詞 facere から派生した形容詞 facticius、すなわち「人工の(もの)」が元々の語源にある[1] 

  とwikipediaにあり、元々は人工の、という形容詞らしい。

 

 作中には無数に何者かが作った無機物が登場する。(製造したのが人間かは不明だが)

 それら無数の物を僕は自然の無機物とは区別して見ている。巨大な自然物に対する感動の代わりに、人工物では性的フェティッシュを感じるのだ。きっとそれは人間が他人の作ったものによって生かされ、人工物を交換し獲得することで発展してきたことと無縁ではないと思う。